千年希望の丘植樹祭2017へ参加しました

2023年2月14日

やなけん(@yanaken8787)です。初夏を迎えて一気に暑くなってきましたね~。

室内でも熱中症になるそうなので、躊躇せずにエアコンの使用とこまめな水分補給をしてください! 僕は体を冷やさないようにホットコーヒーばかり飲んでいる気がします。

さて、先週の5月27日(土)に宮城県岩沼市にて開催されました、「千年希望の丘植樹祭2017 – 森の長城プロジェクト」に参加してきました!

その様子を少しお伝えしていきたいと思います。

千年希望の丘植樹祭2017 – 森の長城プロジェクトとは?

千年希望の丘とは、岩手県岩沼市に造成中の自然の防潮堤の事です。

東日本大震災では津波でコンクリート堤防や松林が破壊され、引き潮によって財産や生命が流されていきました。木々が深く根をはった地域では、木々が津波の勢いを和らげ引き潮による流出を抑える効果があるそうです。長さ10kmにもおよぶ沿岸部にその土地本来の様々な種類の樹木による防災林としての役割を担う、千年続く森を後世に残していこう! というのがこのプロジェクトです。

千年希望の丘植樹祭2017

朝まで雨が降っていましたが、開催時間は雨があがって一安心。しかし、地面はぬかるんで最悪です。

長靴を持参せず、もともと捨てる予定だった運動靴で挑んだのですが失敗でした(^_^;)

 

オープニングセレモニーでは、復興大臣の吉野正芳さんや、鎮守の森プロジェクト理事長の細川元首相などがいらしてました。

ルー大柴さんも。植樹する前から疲れてしまうぐらい、とにかく長いセレモニーでした。あれはよくない。

 

各自、黙々と苗木を植樹していきます。堆肥が混ざっている土なので、ウンチの臭いが難点です。季節柄、カエルの合唱が聞こえてきていい感じ。

曇ってはいますが、紫外線が突き刺さり非常に暑い一日となりました。参加者は10年後に立派な森になっている姿を想像しながら一生懸命植えています。

 

 

苗木同士の成長競争を促進するために、約60cm間隔で一つずつ丁寧に植えていきます。

 

 

植樹が終わったあとは、藁を敷き詰めていきます。これは土壌の保湿と保温の効果があり、多種多様な生命を育むのに最適な環境を作れるからです。

生命が育まれるとそこにサイクルが生まれ、豊かな土壌が形成されます。また、雨などによる土砂流出も防ぐ効能があります。

 

最後に藁が風などで飛ばないようにロープで固定して終了。

既に第一回目の森は、背丈ほどの高さにまで育っているようです。この森も、10~15年立つと立派な森になっていることでしょう。楽しみです。

被災地から津波の恐ろしさを学ぶ

今回は、新入社員研修の一貫として東北へ出向きましたので、被災の爪痕も視察しました。

JR気仙沼線歌津駅跡地

 

気仙沼線の歌津駅跡地。震災時の津波による被災で駅舎と線路が流され、現在はありません。元々路線だった場所がアスファルトで舗装され、JR東日本運行によるBTRというバスで代替輸送運行しています。

 

南三陸町防災庁舎

以前は防災庁舎の前まで行かれましたが、現在は周囲を津波襲来の高さまで土盛して新たに造成中らしく、近くまでは行かれませんでした。

以前は共徳丸同様に取り壊しの予定でしたが、震災遺構として残すことにしたそうで、防腐防止のためにペンキで新たに塗装が施されていました。

安全面を考えた防腐防止という観点からは致し方ないところですが、新しくペンキが塗られた防災庁舎はどうなのでしょうか。色々と意見が別れるところです。

 

献花台が設けられており、今も多くの献花やお供え物があります。当日も、献花台に訪れた年配の男性がいらっしゃいました。市役所の関係者でしょうか。

防災庁舎横に造成された高い台へ「南三陸さんさん商店街」が移転してきており、商店街敷地より防災庁舎を望むことができます。

いかに大きな津波が押し寄せたのかを高さで実感することができます。

宮城県気仙沼向洋高等学校

 ※許可を得て施設内の見学を行っています。

気仙沼向洋高等学校は、先生方の判断が素晴らしく170名が内陸への避難を迅速に行いました。また学校に残っていた先生約50名も新校舎屋上にて一晩を過ごしたものの津波から逃れ無事に救助された事で有名です。

3年前に訪れた際は内部に入り放題でしたが、津波被災から6年が経過して施設自体がかなり傷んできて崩落の危険が増したため有刺鉄線で入れないようになっていました。南三陸町防災庁舎同様に、震災津波遺構として保存が決定したそうです。

 

左側の白い建物が新校舎、右側の茶色い建物が旧校舎。校章の右横に津波で流されてきた工場が激突して欠けています。

ボクが前回訪れた時よりも欠損が広がっていますので、経年劣化で傷んできていることがわかります。2016年12月に学校全体を震災遺構として保存、津波の恐ろしさの伝承と防災教育の拠点として今後整備していくとの事でした。

3年前の写真は別エントリーにて閲覧できます。

被災地のいま

現在の被災地は、人が生活をする上で必要な基本的なインフラは復旧しています。ボランティアの需要もかなり減ってきていると感じました。

津波被災にあった地域からは人がいなくなり人がいなくなった地域に対して国の予算で防潮堤を作っていますが、果たしてそれが良いのか悪いのか…

復興に関しては一段落していますので、これからはボランティアと称して被災地に足を運び、お金を落としていくことがボランティア(?)となります。

逆の立場から考えると、被災地の課題としてはいかに被災地に足を運んでもらうか?

防災庁舎や向洋高等学校が震災遺構として残す事で、学びの資源として有効活用して全国から被災地へのインバウンド活動(集客)へと結びつけて欲しいなと思います。

JTBが精力的に企画する旅行パッケージの数々は「被災地に足を運んでもらう」ための復興から振興を見据えた素晴らしい取り組みだなと思います。

東北ごはん

市場で買ったこれらが・・・

オリジナル海鮮丼に!

うに

お刺身

ホタテ!

どれも大変美味しゅうございました。安いしね。

まとめ

震災後の東北に足を運んだことが無い方は、一回足を運んでみてください。震災当時、あの場所で何が起きたのか?

自分の目で見て、現地の方から話を聞いて、感じ取るというのは非常に大切だと思います。

僕は人生観が変わりました。同じ日本で発生した津波の威力や恐ろしさを感じること、そして東北沿岸部の人々がどのようにして乗り越えたのかを知り、それを周囲に伝えていくことがどれだけ大切なことか。

ぜひ、自分の目で一度確認して欲しいと切に願います。

 

生活

Posted by やなけん